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プロコフィエフ生誕120周年記念 ピアノソナタ全曲演奏会 開催レポート
(日本・ロシア音楽家協会 2011-III)
生誕120年を迎えた、ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフ(1891-1953)。
彼の創作における主要ジャンルのひとつであるピアノソナタは、今日もピアニストの重要なレパートリーとして広く親しまれています。しかし、その全てを通して聴くことのできる機会は滅多にありません。本日はピアニストの寺西昭子さんの監修により、音楽学者の森田稔さん(日本・ロシア音楽家協会会長)のプレトークと8名のピアニストの競演からなる、夢の全曲演奏会が実現しました。会場となった三鷹市芸術文化センター「風のホール」には早い時間から大勢のお客様が押し寄せ、4時間近くにも及ぶ大規模な演奏会に熱心に耳を傾けておられました。
中央に吊り下げられた巨大なプロコフィエフの顔写真がひときわ目を引くステージに、トップバッターとして登場し、第1番と第3番のソナタを演奏されたのは上野優子さん。ラフマニノフを思わせるダイナミックなロマンを湛えた第1番、畳みかけるような激しいリズムと技巧性の際立つ第3番(第2番の後で演奏)からは、自ら卓越したピアニストでもあった若きプロコフィエフの意欲と情熱が伝わってきます。
佐藤勝重さんの演奏された第2番では、仄暗い響きの移ろいのなかに秘められた悲哀を感じさせる第3楽章にとりわけ感銘を受けました。
第4番のソナタで、きめ細やかで安定感のある演奏を聞かせてくださったのは太田由美子さんです。じわじわと心の奥に染み入るような静かな抒情性を堪能しました。
新古典主義の影響が指摘され、ハ長調の明澄な響きが印象深い第5番(1953年改訂版)。志村泉さんの流麗でクリアな演奏は、終始聴き手の耳を引きつける強い説得力を持ち、プロコフィエフ自身も好んでいたというこの作品の魅力を再認識させてくれました。
つづく第6〜8番の3曲は、第2次世界大戦中に完成されたことから「戦争ソナタ」の異名で知られ、プロコフィエフの創作史上でも不動の位置を占めています。まずは村上弦一郎さんによる第6番。作品中に潜むあらゆる感情をえぐり出すような、大胆でスリリングな演奏で、客席は圧倒的な盛り上がりを見せました。
有名な第7番を演奏されたのは、プロコフィエフのピアノ曲全曲演奏にも取り組まれているという田中正也さん。筋の通った切れ味のよい演奏で、特に第3楽章終盤の疾走感は大変なインパクトがありました。演奏後には舞台上方のプロコフィエフの遺影に向かって一礼する場面も。
第8番は本日最年少の演奏者となる入江一雄さん。洗練されたタッチと緻密な構成力による非常に完成度の高い演奏で、長大な作品の多様な表情を的確にとらえ、すっきりとまとめられていました。
コンサートの最後を飾るのは松山元さんです。しっとりとした音色で奏でられる第9番第1楽章の抒情的な旋律は、息をのむほど美しく、いつまでも聴いていたいと思うほどでした。思いがけずもひっそりと締めくくられる終楽章の後、1頁余りで絶筆となったという未完のソナタ第10番を、アンコール代わりに演奏してくださいました。
奇しくも独裁者スターリンと同日に没した(プレトークより)というプロコフィエフ。激動の時代を生きた彼の音楽の多彩な側面が万華鏡のように繰り広げられる、エキサイティングで貴重な一夜となりました。
(N.J.)