ホームサウンドルート2005グリンカ訳詩

 

    グリンカ訳詩

 

第1部

“ああ いとしい人、美しい娘よ”民謡詩/伊東一郎訳
 
ああいとしい人、美しい娘よ
夜半の窓辺にすわるな、 
明るいろうそくをともすな、 
いとしい友が来るのを待つな。
 
 
“私は悲しいの、愛しいお父様!” 
歌劇「ルスランとリュドミラ」よりリュドミラのカヴァティーナ 
(DVD−ユニバーサル ミュージック−より)
 
私はとても悲しいの、愛しいお父様! 
共に過ごした年月が夢のように過ぎ去った
私はどう歌ったらいいの?おお愛しい人ディドラド
憂いを晴らして 私の恋人よ! 
愛しい人と一緒なら異郷も楽園となるわ 
私の暮らす御殿で時折りしていたように 
私は歌うわ 私の愛しいお父さま 私の愛しい人よ
私の愛について歌うわ 故郷のドニエブル河を 
あのドニエブル河を 
故郷のドニエブル河についても 
遠く離れたキエフの都についても歌うわ 
 
怒らないでね 高貴なお客様 
気まぐれな愛を他人に捧げることを! 
心にもない愛の冷ややかな誓いなど 
正しい心の持ち主に出来るかしら? 
勇士のファルラーフ 
あなたは幸せの星 
愛するために この世に生まれてきたの 
 
相互の愛なくして幸福はない 
南国の華麗な空の下 
主人のあなたに見捨てられたまま 
お戻りなさいな 
あなたの伴侶は戦いの甲を脱がせてくれる 
剣を花々の下に隠し 
あなたの耳を歌で慰めてくれ 
微笑みも涙も浮かべ許してくれるでしょう 
あなたが彼女を忘れていたことを… 
微笑みも涙も浮かべ許してくれるでしょう 
あなたが彼女を忘れていたことを… 
 
そちらの方々が不満のようなのは私のせい? 
私の愛しいルスランが 
誰よりも私に愛しいからって? 
最高の愛や幸福な誓いを捧げるからって? 
おお、私の愛しいルスラン! 
私は永久にあなたのものよ 
あなたはこの世で誰よりも私には愛しいの! 
 
輝く愛の神レーリよ 

永久に我らと共にあれ 
我らに幸福に満ちた日々を授けたまえ! 
その翼で我らを守りたまえ! 
光明の神レーリよ 永久に我らと共にあれ 
我らに幸福に満ちた日々を授けたまえ!
 
 
“ボレロ”クーコリニク詩/小野光子訳
 歌曲集(ペテルブルクとの別れ)第3曲
 
おお 私の素晴しい乙女よ
お前の愛で 僕は幸せだ
私の胸に 体を寄りかからせて
お前は黙って 歓喜に浸っている
 
目には こんな沢山の炎
唇には こんな沢山の優しさ

震える胸 全身でお前はおののく
言葉なく お前は私に誓ったのだ
 
口づけは長びく 言葉なく
私は お前の愛の歓びを飲み干す
妨げのない静けさの中で
   しかし もしお前が僕を裏切ったら?
 
おお 哀れな私の乙女よ
私は野蛮で陰険になるだろう
死の嵐を 巻き起こすだろう
お前とお前のいい人に対して---
 
血しぶきは上がり 叫びがひびく
私は顔お寄せ お前の唇から
お前の最後の言葉の響きを
目からは 最後のお前の眼差しを奪うだろう
 
愛の翼ある夢
希望も幸福も すべておさらばだ
私はいやな夢の中で お前達を見た---
   だが いや お前は私を裏切りはしない!
 
 
“キターラ※に寄せて” 小野光子訳
(イタリア語で演奏される)
「二つのイタリアのカンツォネッタ」より第2曲
 
私の泣き声のこだまのように
キターラよ なぜ再び響くのか
ああ 心の苦しみを 表すことは
愛は自分では 出来ないのだが
 
絃は空しく響きをたて---
しかし表すことは出来ないのだ
私の嘆き 溜息やうめきを---
そのふるえた響きでは
 
私の悩みのうめきに答えて
絃はすすり泣きつつ 響くが
その泣く音は
私のつく溜息とはちがうのだ
 
私がすべての夢を捧げた人と
ああ 私は再び 会う事は出来ないのだ
心の苦しみを 表すことは
愛は自分では 出来ないのだ
  (2行 6回繰返し)
 
※ギリシャ語でキタラ、ドイツ語でツィター等と呼ばれるギターとリュートの中間のい胴を持った10絃の撥弦楽器。

 
“彼女に”ミツケーヴィチ詩=ゴーリツィン露訳/小野光子訳

楽しい時 お前は唇を開き
私に甘くやさしく囁く
私は我にもなく 胸を高鳴らせて耳を傾け
一語も発するまいと 怖れ
黙し、他の至福など望もしない
ひたすたお前の言葉が聞けさえすれば と
 
しかし 瞳は水晶よりも生き生きときらめき
真珠のような歯は さんごの(ような唇)間に輝いて
頬の紅がたわむれはじめる時
私は少し勇気を持って お前の瞳に見入り
唇を近付けて 今はもう何も耳に入らず
ただ口づけを 口づけを 口づけを と願うのだ
  (1行 繰返し)
 
 
“グレートヒェンの歌”ゲーテ詩=グーベル露訳/伊東一郎訳
 
悲しみは重く 
この世は淋しい。 
眠りも安らぎも 
あわれなこの私にはない。 
 
あの方がいなければ 
私の前の 
この地上の世界のすべては 
墓場のようなもの。 
 
私のあわれな分別は 
光も消え、色あせた。 
澄みわたった心も 
明るい思いもない。 
 
悲しみは重く 
この世は淋しい。 
眠りも安らぎも 
あわれなこの私にはない。  
 
私はあの方を目で追い、 
あの方を求めて歩き、 
あの方を探してまわる。 
けれどあの方は見つからない! 
 
あの方の微笑み 
そして燃える情熱、 
ひいでた姿と 
瞳の輝き。 
 
甘いおしゃべりは 
ことばの小川のよう、 
抱きしめられる歓び、 
そして口づけ! 
 
悲しみは重く 
この世は淋しい。 
眠りも安らぎも 
あわれなこの私にはない。 
 
あの方を思って 
私は嘆き悲しむ。 
あの方を思って 
私の胸はつぶれそう! 
 
どうしてあの方を追って 
飛んで行けないのだろう、 
愛し、我を忘れて 
あの方との口づけに 
死ぬことがどうして!
 
 
“あなたと共にいる楽しさ ”ルィーンヂン詩/伊東一郎訳
 
あなたと共にいて 
黙って心をあなたの瑠璃色の瞳に 
沈めることはなんと楽しいことだろう。 
燃え上がる心、情熱のすべてを 
その瞳はなんと雄弁に語っていることか、 
言葉さえも及ばぬほどに。 
そして心は思わずうちふるえるのだ、 
あなたの姿を見れば! 
 
私はあなたを見つめるのが好きだ− 
その微笑みにはなんと多くの慰めが、 
あなたの仕草には 
なんと多くの優しさがあふれていることか。 
私はときめく胸の衝動をおさえ、 
心を理性で鎮めようとするがそれもむなしい… 
心は理性に従おうとはしない、 
あなたの姿を見れば! 
 
思いがけぬ奇蹟の星のように 
あなたは私の前にあらわれ 
私の生活を照らしだしてくれた。 
光り輝き、道をさし示してほしい、 
希望を知らなかった者を 
未知の幸福に導いてほしい、 
心は歓喜におぼれる、 
あなたの姿を見れば!
 
“あなたはすぐに私を忘れるでしょう ”ジャードフスカヤ詩/伊東一郎訳
 
あなたはすぐに私を忘れるでしょう、
けれど私はあなたを忘れない。
わなたは一生に飽き、人を恋し続けるでしょう、
けれど私はもう誰も決して!
あなたは新しい人々に出会い、
新しい友達を選ぶでしょう、
あなたは新しい思いを知るでしょう、
そしてもしかしたら幸福をみつけるでしょう。
でも私は静かに、悲しくすすみます。
喜びもなく、人生の路を。
そして私の愛と苦しみの深さは
墓だけが知るでしょう!
 
 
“故なく私を誘うな”バラトィーンスキイ詩/伊東一郎訳 
 
故なく私を誘うな、 
また再びやさしいそぶりを見せて。 
夢を失った者には無縁なのだ、 
過ぎ去った日々のすべての誘惑は! 
私はもはや誓いの言葉を信じない、 
私はもはや愛を信じない、 
そして私はもはや再びふけることはできないのだ
一度裏切られた夢には!
私の言葉なき憂いを増すな、 
過ぎ去ったことをまた言いたてるな。 
そして世話好きな友よ、
病みつかれた男の 
まどろみをそっとしておいてくれ! 
わたしは眠る、私にはまどろみは心地よい、 
昔の夢は忘れるがいい---
わたしの心に波だつものがある、 
だがきみがよびおこすのは愛ではないのだ。
 
 
“雲雀”クーコリニク詩/伊東一郎訳
 
天と地の間に 
歌は響きわたり 
尽きることない流れとなって 
いよいよ高くさえわたる。 
 
野の歌い手の姿は見えない。 
あんなに高らかに 
女友だちの頭上で 
さえわたる雲雀の声は歌っているのに。 
 
風は歌を運んでゆく、 
だが誰のためにかは知らずに… 
歌を送られたあの女にはわかるだろう、 
それが誰からか知るだろう! 
 
流れゆけ、私の歌よ、 
甘いのぞみの歌よ--- 
そうすれば誰かが私のことを思い出し 
そっとため息をつくだろう。
 
 
“真夜中の閲兵”ジェコーフスキイ詩/伊東一郎訳
 
夜ごと12時になると 
墓から鼓手が起きあがる、 
そしてあちこち歩きまわり 
機敏に警報を打ちならす。 
暗い墓の中で太鼓は
力強い歩兵達を目覚ませる、 
若い軽騎兵達が起きあがる、 
年とった擲弾兵達が起きあがる、 
ロシアの雪原の下から、 
イタリアの色あざやかな野原からたちあがる、 
アフリカの草原から 
パレスチナの熱い砂漠からたちあがる。 
 
夜ごと12時になると 
墓からラッパ手が出てくる、 
そしてあちこち駆けまわり、 
高く警報を吹きならす。 
暗い墓の中でラッパは 
力強い騎兵隊を目覚ませる、 
白髪の驃騎兵達が起きあがる、 
口ひげをはやした重騎兵達が起きあがる、 
北と南から飛んでくる、 
東と西から駆けてくる、 
軽やかな風のような馬に乗って 
次々と騎兵中隊が。 
 
夜ごと12時になると 
墓から司令官が起きあがる、 
軍服の上にフロックコートを着て 
小さな帽子をかぶり剣を身につけ 
年老いた軍馬に乗り 
ゆっくりと戦線に行く。 
元帥達がそのあとに続き 
副官達がそのあとを行く。 
軍隊は挙手の礼をする。 
彼はその前に立ち 
楽の音とともに彼の傍を 
連隊が次々と通る。 
 
夜ごと12時になると 
彼は元帥達をみな集め、 
自ら近しい者の耳に 
その合言葉と暗号とをささやく。 
そして彼等は軍隊のすべてに与える、 
その合言葉と暗号とを。 
「フランス」がその合言葉、 
その暗号は「セント・ヘレナ」。 
夜ごと12時になると 
暗い墓の中から起きあがり 
自分の年老いた兵士達の前にこのように 
死んだ皇帝が姿をあらわす。
 
 
“広々とした草原に”作詞者不祥=ロジェーストヴェンスキイ露訳/伊東一郎訳 
 
春の広々とした草原に 
朝焼けがさわやかな露を一面に輝かせ 
それとともに私たちに黄金の日が訪れるように、 
私の愛する幸あふれる眼差しは 
曇る涙を、黒雲をつらぬいて 
心に歓びを、明るい一日を与えることがでくる、 
私に喜びを、明るい一日をもたらしてくれるのだ。
 
 
“アデーリ”プーシキン詩/伊東一郎訳 
 
お遊びアデーリ、 
悲しみを知らずに、
カリスたちやレーリは 
おまえを花冠で飾り 
おまえのゆりかごを 
揺らしてくれた。 
おまえの春は 
ひそやかでくもりない− 
おまえはよろこびのために 
生まれたのだから。 
すばらしい夢のような時を 
のがすことなくとらえるがいい! 
若い日々を 
恋にささげ 
騒がしい世にあっても 
アデーリよ、私の葦笛を 
愛しておくれ。
 
 
“ああ 私の運命よ”小野光子訳
歌劇「ルスランとリュドミラ」よりリュドミラのアリア
 
ああ さだめよ 
苦しき 我が運命よ 
はやくも 我が太陽は 
悪天の雲に雷雨にかくされた。 
 
私は もう 会うことも出来ない 
父にも いとしの勇士にも 
乙女 私は悲しむのみ 
喜びなき このさだめに。
 
 
第2部
 
“私はあのすばらしい一時を覚えている”プーシキン詩/伊東一郎訳
 
私はあのすばらしい一時を覚えている、 
私の前にきみはあらわれた、 
つかのまの幻のように、 
清らかな美の化身のように。 
 
私はのぞみなき憂いに疲れ果て 
騒がしい世の俗事に恐れおののいていた。 
その私の耳に長いこと優しい声が響いていた。 
そして私はその愛らしい姿を夢に見た。 
 
年は流れた。突然まきおこった激しい嵐は 
昔の夢を吹き散らした。 
そして私はきみの優しい声を、 
きみの天上の姿を忘れた。 
 
人里離れた幽閉の闇の中で 
私の日々は静かに過ぎていった、 
信ずるものも霊感もなく、 
涙も、生も、愛もなく。 
 
心に目覚めが訪れた、 
そして再びきみはあらわれた、 
つかもまの幻のように、 
清らかな美の化身のように。 
 
そして心は歓喜に鼓動を打ち 
心には再びよみがえった---
信ずるものも霊感も、 
生も、涙も、愛も。
 
 
“ああ、もし昔わかっていたならば”ドミートリエフ詩/伊東一郎訳
 
愛が不幸を生む、ということが 
ああ、もし昔わかっていたなら、 
私は喜んで出会うこともなかったろうに、 
真夜中の星に。  

私は白いろうで 
軽やかな翼を作り、 
私のいとしい人の 
故郷へ飛びたちたい、 
 
声をあげて泣き叫ぶだろう− 
「親切な皆さん、どうしたらいいのでしょう? 
私は不実な人を愛してしまった、 
どうしたらあの人を忘れられるか教えて下さい」と。
 
 
“私はここだ、イネズィリヤ”プーシキン詩/伊東一郎訳 
 
私はここだ、イネズィリヤ、 
私はこの窓の下。 
セビリヤは包まれた、 
闇と眠りとに。 
 
はやる心にかられて 
マントに身を包み 
ギターと剣とを持ち 
私はこの窓の下。 
 
きみは眠っているの?ギターで 
すぐに起してあげよう。 
老いぼれが目を覚ましたなら 
剣で打ち殺してやる。 
 
絹のハンカチをむすんで 
窓にかけておくれ 
何故ぐずぐずしているの?それとも 
私の恋敵はもうここにはいないのか? 
 
私はここだ、イネズィリヤ、 
私はこの窓の下。 
セビリヤは包まれた、 
闇と眠りとに。
 
 
“バルカローレ”クーコリニク詩/小野光子訳
 
青空は 寝静まった
今日も昨日のように---
おお 元気な波よ
そのざわめきは長いだろうか? 朝まで?
 
私達は 夜の闇の中
愛の興奮に
目は涙にぬれ
血は火ともえる
 
波音と共に
広い櫂は振られ
静かに開かれる
秘密の窓が
 
そして波よ お前には安息は
与えられない−愛に悩むものは
希望と情熱に満ちて
一晩中愛の歌を歌うから
 
青空は 寝静まった
今日も昨日のように---
おお 元気な波よ
お前は朝まで寝られまい
 
 
“モリーに”クーコリニク詩/小野光子訳
歌曲集<ペテルブルクとの別れ>第11集
 
歌人(詩人)から求めるな 歌を
生活の荒波が
予言的なその唇を閉ざした時
喜びとインスピレーションのための(その唇を)---
 
そして もし彼の感覚の死のような眠りを
大きな力で 妨げてみても
歌はなく 否 呻き声か
女の(様な)号泣 荒々しい笑い声がひびくだけだろう
 
しかしもしプライドを押え
生き生きとした共感で 詩人を迎え
たとえわざとでも たわむれにでも
希望で 彼の人生を照らしたら
 
稲妻よりも明るく 炎よりも熱く
言葉は 激しく湧いて流れ
高らかな歌が響きわたり
雷よりも強く空にとゞろく事だろう
 
 
“旅の歌” クーコリニク詩/小野光子訳
歌曲集<ペテルブルクとの別れ>第6集
 
煙は柱となって沸騰し 煙を吐く汽車
雑踏 喧噪 興奮 期待 焦燥
喜ぶ 正教のわが同胞達
汽車は速く 猛然と清き野を飛ぶ
(4行 繰返し)
 
否(乗客の) 秘めた思いは 更に速く飛び
心は秒を数えて打ち
道々誘惑的な考えが浮かんで
思わずつぶやく ああ神様 まだかしら と
 
(4行 2回繰返し)
 
愛に苦しむ者を招くのは 空気でも緑の茂みでもなく
彼方で かくも明るく燃えている瞳
そこでの出会いは 完全な至福となり得
別離も 希望でこんなにも甘いのだ
 
(第一節 4行 2回繰返し)
 
 
“悲しい 悲しい”リムスキー=コルサコフ詩/小野光子訳
 
悲しい 悲しい 私 美しい乙女は
この高楼の金銀に輝く部屋に住みながら−
ああ友達方よ 私の前で婚礼の歌を歌わないで
 (繰返し)
婚礼の歌は 私の心を千々に引き裂く
私には 悲しい葬いの歌を歌って下さい
 
秋の夜の草原は恐ろしい(繰返し)
紅い日が 林のむこうに沈んだあとの−(繰返し)
友達方よ 私は悲しい 彼を失って 彼を失って
野の花に 太陽がないように 私は彼を失って
 
 
“彼女を天上のひと女と呼ぶな”パブロフ詩/小野光子訳

彼女は 清らかな夢を
お前の寝床に 送りはしない
親切な守護神のように 天国のために
お前の心を 守りもしない
 
彼女の世界はちがう しかし素晴らしい世界
彼女にあって 天国への信仰は消えようとする
(だから)彼女を天上の女と呼ぶな
彼女をこの地上からひき離そうとするな
 
彼女には霊的な翼はない
普通の人間にはないような---
彼女はバラと百合の混合物
地上の人々のために咲いた---
 
彼女は不思議な寺院に私達を招くが
それは天国のためのものではない
彼女を天上の女と呼ぶな
彼女をこの地上からひき離そうとするな
 
見よ差すようなその瞳を
それは天上の光で輝いてはいない
そこには罪深い夜と
苦しい昼がある
 
美しい肉体の王座の前で
聖なる祈りを燃え上がらすな
彼女を天上の女と呼ぶな
彼女をこの地上からひき離そうとするな
 
彼女は天上に住む天使ではない
愛について 彼女をおがみつつ
聖なる僧院を思い出せようか
何が天上的で 何が地上的だと どうしてわかるだろう
 
彼女の世界はちがう しかし素晴らしい世界
彼女にあって 天国への信仰は消えようとする
彼女を天上の女と呼ぶな
彼女をこの地上からひき離そうとするな
 
 
“フィンランド湾”オボドフスキー詩/小野光子訳
 
私は愛する 思いにふけり
静かな落日の時
緑の坂上から
湾を眺めるのを
 
見惚れる 太陽が
波に沈むのや
小舟が素早く
波の上を滑って行くのに
 
その時 私の心は追憶に
甦る
夢は はばたく
南の国へと
 
そして私は(そこに あの)入江を見る
そして古い街と
月桂樹に覆われた
人気のない山を
 
そこには愛する洞窟
トルコ石色の入江がある
新しい人生に
私を甦らせてくれた---
 
パレルモ※よ 忘れ得ようか
私の感謝に満ちた心は
入江に向けられた
君の輝く面を
 
君のさわやかな空気を
透明な空を
(この)遠い故国からも
忘れる時が あろうか
 
君を私から ぬぐい去りはしなかった
別離という力さえも---
心には翼がある
夢想の世界への
(2行 4回繰返し)
 
※パレルモ=イタリア南端、シチリア島のパレルモ。詩人はロシアのフィンランド湾にのぞむおそらくはSt.ペテルブルク近郊で、思い出の地を偲ぶ。北のロシア人にとって、南のイタリアやスペインは常に憧れの土地だ。
 
 
“疑い”クーコリニク詩/伊東一郎訳
 
鎮まれ、情熱の高まりよ! 
眠れ、望みなき心よ! 
私は泣く、私は悩む、 
心は別離に疲れはてた 
私は悩む、私は泣く---
だが悲しみは涙に流しつくせるものではない。 
空しくも希望は 
私に幸福を占う、 
だが私は信じない---
狡猾な誓いを! 
別離は愛を運びさるのだ! 
つきまとって離れない恐ろしい夢のように 
私は幸福な恋敵を夢に見る、 
ひそかに憎しみにかられ 
激しく嫉妬は燃えあがる、 
ひそかに憎しみにかられ 
私の手は武器を探す。 
空しくも嫉妬は 
私に裏切りを占う、 
だが私は信じない---
狡猾な誹謗を。 
私はしあわせだ−きみは再び私のもの。 
悲しい時が過ぎ去ってゆく、 
私たちはなた再びいだきあうだろう、 
そして熱く燃えたち 
よみがえった心は鼓動を打ち始めるだろう、 
熱く燃えたち 
唇と唇はひとつにとけあうだろう。
 
 
“おじいさん!---と娘たちはある時私に言った”デーリヴィク詩/伊東一郎訳 
 
「おじいさん!---と娘たちは 
ある時私に言ったものだ---
何か面白いお話は、 
昔のお話はないかしら?」 
 
「あるともさ!---とものうく 
美しい娘たちに私は答えたものだ---
私の心はおまえたちのような美しい娘に恋したものさ、 
恋を知らなかったわけじゃない! 
 
「おじいさん!---いっせいに 
娘たちは叫んだ---
あなたがかわいそう、あなたを 
おばあさんたちはからかったのね! 
 
はずかしくないのかしら!悪い人たちが 
あなたをだましたのよ! 
いいえ、私たちはそんなんじゃないわ、 
私たちならあなたを愛していたでしょう!」 
 
「おまえたちなら愛していたって?嘘をつけ! 
信じられんな!」 
私たちのお愛想に 
おじいさんは笑っている。
 
 
“真実が気づかれそうだ”テキスト:ローゼン/小野光子訳
歌劇「イワン・スサーニン」(皇帝に捧げた命)よりスサーニンのアリア
 
真実が気づかれそうだ 
暁よ 
はやく 輝いてくれ
はやく 告げてくれ 
帝(ロシア)のための 救いの知らせを---
 
私の暁が 来たら 
お前の顔を見よう 
最後の朝だ 
私の時は来た 
 
主よ 私の苦しみの時 
私を見捨てないで下さい 
苦しい私の運命---
恐ろしい苦悶が 
私の胸をふさぐ 
心は悲しみに痛められる 
あゝ恐ろしく 苦しい 
責苦の中で死ぬのは---
 
私の暁が 現われたら 
お前の顔をひと目見よう 
最後の朝だ 
私の時は来た 
 
おゝ苦しみの時よ 
おゝ恐怖の時よ 
主よ 私を強く支えて下さい 
強く支えて下さい 
 
私の苦しみの時 
私の恐怖の時 
私の死の時 
私を強く支えて下さい 
 
私の死の時 
私を強く支えて下さい

 

ホームサウンドルート2005グリンカ訳詩