ホームサウンドルート2005曲目解説

 

遠藤雅夫:<ダイアモンド・ダスト>チェロとピアノのための(日本初演)
 この作品はピアニスト武田牧子氏の委嘱により作曲され、2002年9月ドイツのヴィスバーデンで同氏のピアノ、ウルフ・ティシュビレック氏のチェロにより世界初演された。
 下降する音階、チェロではその中で短3度を2分割する妙な音程があちこちに散見する。ピアノではこれは出来ないので、わざわざ半音をぶつけて雰囲気を出そうとしている。また同音の反復が多用されているが、これは長音の単なる分割化に過ぎない。
 全2楽章である。第1楽章はチェロの線に対して、ピアノは日本の締め太鼓や大鼓のイメ−ジを暗喩する打楽器的絡みに終始する。
第2楽章のテンポはひどく遅く、加えて休符があちこちにちりばめられる。静寂な緊張が要求される。本日日本初演。(遠藤雅夫)

シルヴァニ・チェラエフ:4つのラック民族の歌(日本初演)
 シルヴァニ・チェラエフ(1938〜)は、ロシア連邦南西部、北カフカスにあるダゲスタン共和国の生まれ。モスクワ中央音楽院卒業。1998年ロシア国家賞を授けられ、現在は、ロシア作曲家同盟副会長を務めている。彼の作品にはダゲスタン民族音楽に基づくものが多く、10作のオペラや3作のバレエ組曲ほか多くの管弦楽作品がある。それらは、今は亡きエフゲニー・ムラヴィンスキーや、現在ではヴァレリー・ゲルギエフ等が指揮している。ダゲスタン地方の詩を使った歌曲も20曲以上あるが、それらはロシアの有名な歌手エフゲニー・ネステレンコ、セルゲイ・アコヴェンコらが世に紹介した。また、チェロのための作品が多いことでも知られており、7作ある。
 チェロ協奏曲のうち4作はヴァルティン・フェイギンに捧げられている。ダゲスタンは、トルコ語の「ダグ(山)」、「スタン(国)」に由来するといわれ、カフカス山脈の東端の北斜面に位置し、国土の3分の1が山地で、東にカスピ海を臨む文字通りの山国である。約30の民族に分かれる複雑な人口構成でも知られ、それだけに民族音楽、民謡の宝庫でもある。
 ラック族はダゲスタンの全人口のおよそ5パーセント強を占め、ダゲスタン諸民族の中では比較的上位に位置する。このチェロ曲集は、そのラック族の民謡の魅力と特徴を活かした、複旋法によるポリフォニックな編曲集である。調性的な和声付けは避けて、チェロが担当する原曲の旋法上の特色と自在なリズム、あるいは不規則なフレージングをピアノが種々の音楽的なアイディアで補完してゆく手法は、バルトークにも似ている。
第1曲:コン・モート・エ・セムプリース。第2曲:アレグレット。第3曲:モデラート・アッサイ。第4曲:アレグロ・リゾルート、ポコ・アッチェルランド。(石田一志)

堀越隆一:失われた歌(世界初演)
 この曲を書くにあたっての僕の姿勢を純粋な創作(自己表現)といってしまうことには僕自身やや違和感がある。それをうまく言えるかどうかわからないが強いて説明しようとすれば、人々が忘れ去ってしまった(古い)「歌」を蘇らせたいという欲求なのだと言うことになるだろう。これらの失われてしまった「歌(物語)」はかって存在した、あるいはするべきだったものだという強い確信がこの曲を書く僕自身の内的なモチーフになっている。
 形式は古いリトルネロ( ritornello)の形をとっている。ピアノのリトルネロに導かれてチェロが様々な失われた「歌」や「物語」の断片を歌い続けて行く。この作品の原曲になっているのは1992年の秋に作曲されたヴィオラの作品で今回、若干の加筆と構成の見直しを行いチェロのための作品に改作した。それに伴って題名も書き改めた。(堀越隆一)

カバレフスキー:チェロ・ソナタ 変ロ長調 op.71
  1.アンダンテ・モルト・ソステヌート
  2.アレグレット・コン・モート
  3.アレグロ・モルト
ドミトリ・カバレフスキー(1904〜87)は、ペテルブルクで数学家の家庭に生まれ幼くして才能を発揮した。1919年に一家はモスクワに移り、彼はスクリャービン音楽中学校、モスクワ音楽院で作曲とピアノを学んだ。1931年には、ボリショイ劇場で、師のミャスコフスキーのロ短調交響曲と共に彼の卒業作品のピアノ協奏曲が取り上げられ、これが作曲家としてのデビューとなった。翌1932年に母校の音楽院の教職につき、39年から教授に就任。学生時代から社会活動に積極的で、社会主義革命後のソ連にふさわしい音楽の創造に献身した。オペラから交響曲まで幅広い作品があるが、青少年の音楽教育に熱意をもち、子供用のピアノ曲など教育用の作品も多い。作風は、瑞々しい叙情性と明快な標題性が特徴である。
 このチェロ・ソナタは、1962年の作品で、ロストロポーヴィチによって初演された。当時、社会主義リアリズムに精神にたった「現世を肯定する楽観主義的な長調のドラマ」と評価された。3楽章からなり、
第1楽章:アンダンテ・モルト・ソステヌートは自由なソナタ形式で書かれ、モノローグ風の第1主題と歌謡的な第2主題との対照が特徴。展開部はエネルギッシュである。第2楽章:アレグレットは牧歌風の序奏が付いているが、ワルツを主部とする3部形式。第3楽章:アレグロ・モルトは、第1楽章と構成と性格が似ている。ピアノによるメカニカルな第1主題とチェロによる叙情豊かな第2主題のコントラストが鮮やか。最後のコーダで、第1楽章冒頭の半音階的な第1主題が再現し、穏やかな表情で全曲を終える。(石田一志)

入野義朗:独奏チェロのための3楽章(1969)
 入野義朗(Yoshiro Vladimir IRINO)(1921ウラジオストク生-1980東京没)
1921年11月13日ウラジオストク生まれ、43年東京帝国大学経済学部卒。在学中に諸井三郎氏に音楽理論を師事。46年柴田南雄、戸田邦雄らと「新声会」を結成。桐朋学園音楽科設立に参加。60年桐朋学園理事。文部省視学委員他や音楽著作権協会等の諸役員を務める。日本現代音楽協会及び日本作曲家協会の委員長。二十世紀音楽研究所を組織し軽井沢現代音楽祭の開催、海外の新しい動向を紹介。20C音楽をたのしむ会、パンムジーク・フェスティヴァル、アジア作曲家連名(ACL)、JMLセミナーなど多くの組織や企画に関与。代表作に「七つの楽器のための室内協奏曲」(51)、小管弦楽のための「シンフォニエッタ」(53、毎日音楽賞)、「2つの弦楽器群と管・打楽器群のための合奏協奏曲」(57、尾高賞)、「交響曲」(59、尾高賞) テレビ・オペラ「綾の鼓」(62、ザルツブルクオペラ大賞)、「尺八と箏の協奏的二重奏」(69)、2本の尺八とオーケストラの為の「Wandlungen」(73,クーセヴィツキー財団委嘱作品)、「Stroemung」(73、76年のISCMに入選)、邦楽器による「四大」(78)、室内オペラ「曾根崎心中」(79)
 独奏チェロのための3楽章は第3回「日独現代音楽祭」のために作曲される。ティアックの録音は岩崎洸氏、演奏会初演は岩本忠生氏。
 
第1楽章:プレルディウム。はじめにアダジェットで小節線の区切りのない自由な感じの導入部の後、アンダンテで16分音符の動きを主にした中間部に入る。これは音の動きの楽しみを中心にしたもので、いわばバロック的といっても良いと思う。このあと、導入部の感じを基本とした短い部分がコーダとして現われて終わる。
第2楽章はメタモルフォーゼンと名づけ、レント、4分の3拍子で始まる。まず「D音」が種々な奏法、種々な音色で呈示される。音量的にもpppからff、sfへと拡大し一旦休止し、再び弱くなってまず半音程で音が動き始める。色々な場所で短2度が、そしてその変形として長7度や短9度が現われて曲が進んでゆき、ついでそうした主要音程に3度、6度が加わり、4度、5度が加わって行く。こうして多くの要素を交えて揺れ動いた曲は再び沈静に戻って行く。
第3楽章:ソナタ。この場合のソナタは形式を現わすもの、いわゆる古典のソナタ形式の意味ではなく、原義である「鳴ったもの」ということで、チェロのひびきの特徴を前面におし出している。チェロの上から下までの音域の駆使、ピッチカートやポンティチェロやフラジオレット、速いパッセージの一方で、長く歌う旋律、といったような多くの要素が一見雑然と次々に出て来るが、それが全体としてチェロという楽器の特性を見せてくれることを期待して書いたものである。(入野義朗記:『音楽芸術』27(12)より抜粋。
カレン・ハチャトゥリアン:チェロ・ソナタ ハ長調
         1.レチタティーヴォ
         2.アレグレット
         3.アンダンテ
         4.アレグロ・コン・フォーコ
 カレン・ハチャトゥリアン(1920〜)は、『剣の舞』で知られるアラム・ハチャトゥリアンの甥。モスクワで著名な演出家を父に、ソ連時代の典型的なインテリ家庭に育った。モスクワ音楽院でシェバーリン、ショスタコーヴィチ、ミャスコフスキーに師事したこともあり、アラムのような強烈な民族主義からは遠く、むしろ極めて表情豊かな深みと繊細さを作風の特徴としている。1952年から母校の教壇に立ち、作曲科の管弦楽法主任教授となった。
 この4楽章からなるチェロ・ソナタは、1966年の作品でロストロポーヴィチによって初演された。ショスタコーヴィチが「優れた技巧性に、深い思考と美しい旋律を兼ね備えた傑作」と評した、彼の代表作である。第1楽章「レチタティーヴォ」:アダージョは、第2楽章への導入的性格をもっていて、両楽章は続けて演奏される。チェロの重々しい独白が続く。ピアノに誘われてそのまま第2楽章「インヴェンション」:アレグレットに入る。自由なソナタ形式で、第1主題はピアノ、第2主題はチェロが弓身の木の部分で奏するコル・レーニョの指示がある。再現部では二つの楽器が第1主題をカノン風に回想する。第3楽章「アリア」:アンダンテで音楽は明るさを帯びる。チェロのフラジョレットによるコーダは神秘的だ。第4楽章「トッカータ」:アレグロ・コン・フォーコはメカニックなトッカータ主題はチェロから登場する。中間部では新たな主題も加わって、音楽は一層の運動性を感じさせる。再現部では両楽器とも主題を刻み、力強いコーダへと進む。(石田一志)

 

ホームサウンドルート2005曲目解説